日本のパンの歴史とは?日本独自の柔らかいパンはどのように生まれた?法事パンとは?

今はフランス パリでも日本の柔らかいパンが人気です。日本独自の柔らかいパンはどのように誕生したのでしょうか?パン食が広まるにつれ、その地域でしか食べられないご当地パンが日本各地で生まれています。

今回は、日本のパンをひも解いてみましょう。

日本独自の柔らかいパンはどのように誕生したのか?

その秘密がわかる場所は、東京銀座のど真ん中にある「銀座 木村屋」日本の伝統を感じるパン屋さんです。現在の「銀座 木村屋」看板商品は「桜あんぱん(八重桜の塩漬け+八重桜の塩漬けとこしあん)」です。八重桜のしょっぱさがアクセントになった一品です。「銀座 木村屋」で販売されるパンはどこで作られているのだろう?と思っていましたが、なんと「銀座 木村屋」のビルの7階にパン工場があるのだそうです!

木村屋は1869(明治2)年創業で、明治と言えば文明開化です。その当時のパンは硬くてボソボソしている兵糧パンです。ご飯やうどんなどの柔らかさが好きな日本人には、食べられないような硬いパンでした。当時日本ではパンを膨らませるイーストパン酵母の入手が困難でした。そこで木村屋の創業者 木村安兵衛とその息子英三郎と共に、日本人好みのふっくらしたパンを作りたいと考えました。


日本の柔らかいパンを誕生させた秘密とは、

酒種(さかだね)です!

酒種とは、米・麹(こうじ)・水で作る発酵の種で、香りは甘酒のようで、ふわっふわっのプルンプルンな見た目をしています。日本では、お饅頭に使われていました。お饅頭は蒸す、パンは焼くという違いはありますが、酒種を使えばふわふわのパンができるのではないかと考えたのです。木村屋の酒種は、木村屋独自の方法で作られているのですが、「神頼み」みたいなものというのです。神頼み!?

神頼みで造られた酒種とは?

木村屋では長年茨城県筑波山(つくばさん)の澄んだ空気の中で「酵母受け」と呼ばれる作業を続けてきました。山の伏流水(御神水)と、その年の新米を使って焚いたご飯を持って山に入り、自然界から降り注ぐ天然の酵母菌を捕まえるといもの。酵母が付着したご飯を、季節、気温や湿度などを見極め、職人の技で培養し、10日以上かかって酒種として仕込んでいくのだそう。

こうして日本独自の柔らかく、ふわふわなパンが誕生したのです!


日本各地のご当地ぱん

その後時代は下り、戦後になるとパンにとっての大きな転機が訪れます。給食といえばコッペパンですが、これも日本で誕生したパンです。そしてパン食が広まるにつれ日本各地で生まれたのが、その地域でしか食べられないご当地パンなのです。ちなみに、パン年間消費支出金額日本1位は京都市です。

高知県宿毛(すくも)市の「ぼうしパン」

麦わら帽子のような形をしたパンで、アンパンマンを描いたやなせたかしさんがデザインしたシールが袋に貼られています。

高知名物「羊羹ぱん」

羊羹(ようかん)がアンパンに薄くコーティングされています。艶々できれいなパンです。パンの焦げ隠しのために羊羹をつけたのが始まりということです。季節ごとに、こしあん、栗,山桃、、紫芋、抹茶、柚子、レモン、バナナなどバリエーション豊かな羊羹ぱんです。


島根県の「法事パン」とは?

パン業界では一般的に夏場の売り上げは低くなると言われていますが、しかし島根県では「法事パン」のおかげで、むしろ売れ行きが良くなります。

「法事パン」とはお盆や法事の時にご先祖様にお供えするパンで、法事の参列者に渡すお香典返しです。かつては餡入り饅頭を供えていましたが、翌日には饅頭が固くなってします。そこで、3~4日柔らかさを保てるあんパンに変化し、そこから故人が好きだったパンへと広がりをみせたそうです。パンの袋に「御誂(おあつらえ)えパン」と書かれていますが、御誂え(特別に注文)されたパンなのです。

「法事パン」は、地元の暮らしとパンが結びついているから生まれたパンのようですね。


関連リンク

「あんこ」の歴史はこちらでひも解いています!

あんこの歴史と製造工程の革命があんこを身近なものにした!?最新の映えるあんこの作り方の秘密とは?



コメント

タイトルとURLをコピーしました