光源氏のモデルは誰?光源氏はどんな顔をしている?光源氏の顔を持つ仏像とは?清凉寺の御本尊”生身のお釈迦様”とは?

世界最古の長編小説といわれる源氏物語は、平安時代の作家紫式部が書きました。源氏物語の主人公 光源氏は容姿端麗(ようしたんれい)で、物語では多くの女性たちとの恋愛模様が描かれています。

光源氏のモデルは誰?光源氏はどんな顔をしている?

絶世の美男子 光源氏のモデルは源融(みなもとのとおる)と言われています。一体どのような顔をしていたのでしょうか?実は、光源氏の顔を持つ仏像が現存するのです!

光源氏の顔を持つ仏像は、嵐山にある清凉寺(京都市右京区)の霊宝館(4,5,10,11月に公開)で観ることができます。

清凉寺はもともと源融の別荘でした。源融は嵯峨天皇の皇子で、天皇にはなれなかったものの、現代の総理大臣に当たる左大臣(さだいじん)を務めた有能な人物です。源融の姿に似せて作られたのが、清凉寺の阿弥陀如来像(国宝)なのです。

そして源氏物語に登場する「嵯峨(さが)の御堂(みどう)」は、清凉寺だと考えられています。

地名に「野」が付く場所(京都だと嵯峨野、北野、紫野など)は田園になりにくい場所が多く、寺院や貴族の別荘などが建てられ、現代でもそのような場所が観光地になっています。


清凉寺の御本尊”生身のお釈迦様”とは?

清凉寺のご本尊 釈迦如来像(国宝)はお釈迦様の37歳のときのお姿の生き写しと言われています。お釈迦様が亡くなったあと、そのお姿を映した像がつくられインドから宋(中国)へ渡った仏像を模写したものなのだそうです。1954(昭和29)年の修復のための調査で胎内から、絹で作られた五臓六腑(ごぞうろっぷ)が発見されました。そのため”生身のお釈迦様”とも呼ばれています。今から千年ほど前の医学が発達していなかった時代の仏像から出てきたため、当時は世紀の大発見と言われました、現存する最古の内臓模型で医学の歴史をひも解く上でも貴重な資料と言われています。



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